公明党元委員長が見た池田名誉会長
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公明党元委員長 矢野氏
手記 「創価学会名誉会長 池田大作と
語られない池田氏の「生」の姿

 公称827万世帯(学会発表)の信者を擁す創価学会。いくら政教分離などときれいごとを言っても、その創価学会と公明党が不可分な一体関係にあることは世間一般もよくご存知であろう。公明党はあらゆる一挙手一投足において、学会の指示を仰ぐ。具体的な証拠は後で挙げるが、公明党は学会の隷属的な下部組織といっても過言ではない。公明党の書記長、委員長として30年近く要職を務めさせていただいた私が明言するのだから間違いない。

 政局がどんな状況になろうと、圧倒的な集票力を持つ公明党、ひいては創価学会の動向が、日本の政治を左右するという構造は、今後も変わることがない。
 そして創価学会とは実質、名誉会長である池田氏を「末法の本仏」と仰ぐ池田大作一神教だ。すべては池田氏の意向に添う形で決められる。つまり池田氏を知ることは、創価学会の次の動きを探る上で重大な意味を持つのだ。政治の潮流を予測するためにもまず、押さえておくべきは何より、池田氏についての正確な知識なのではないか。
 すでにご承知の方も多いと思うが、私は2008年5月に長年所属してきた創価学会を退会し、現在は学会とその幹部7名を相手に訴訟を行っている身である。その契機の1つに、元公明党議員3人によって私が40年近くにわたって記してきた「黒い手帖」を持ち去られるという出来事もあった。

 創価学会を相手に裁判を起こすことを決意するまでには、私としても葛藤がなかったわけではない。一介のサラリーマンだった私に目をかけ、政治の道に進むように引き上げてくれたのは池田氏である。同時に1967年から93年に引退するまで、27年にわたって私の国会議員としての政治活動を支えてくれたのは他ならぬ創価学会の会員の方たちだった。いまもそのことに対する感謝は忘れていない。
 だが、その一方で2005年の「黒い手帖」事件と連動して、学会からのバッシングに晒された私に、一面識もない人物を含め、多数の元学会員たちから様々な声が寄せられるようになった。いわく「矢野さんと同じような目に遭った」「いまの学会はカネ集めばかりだ」……。

 私と同じような境遇にある人々がいる以上、元政治家として沈黙していることは許されまい。私憤ではなく、公憤から学会を訴える決意を固めたのだ。
 また、創価学会内では池田氏を無謬の存在とする池田史観に沿って、過去の不祥事などを封印しようという歴史の改竄が進んでいる。党と学会双方の裏事情に通じていた私のような存在は、だからこそ邪魔になったのだろう。

 いまは学会と対立関係にある私だが、これから池田大作氏の実像を記すにあたって、1つ断っておきたいことがある。私は批判のための悪口雑言を書き立てるつもりは一切ない。もちろん、盲目的に崇拝するつもりもない。ともすれば、これまで池田氏については、批判的か盲目的かという両極端な視点からしか書かれて来なかったように思う。正確な歴史の記述のためにも、1955年に初めて会って以来、約50年にわたって私が見てきた池田氏の「生」の人物像を記そう。

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