公明党元委員長が見た池田名誉会長
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公明党元委員長 矢野氏
手記 「創価学会名誉会長 池田大作と
池田大作に勝る大物はいない

 佐藤栄作氏は「人事の佐藤」と言われただけあって、配下の大臣を次々入れ替えて政権を維持する手腕は見事だった。田中角栄氏はまさに、人心収攬の名人だった。三木武夫氏は反骨の人で、一度手に入れた権力は放さない執念があった。福田赳夫氏は洒脱でいつも飄々と構えていた。大平正芳氏は極めて教養人で、シャイな人柄が印象的だった。中曽根康弘氏は冷静冷徹な人で、一貫した国家観に基づくビジョンを持っていた。竹下登氏は気配りの人で面倒見がよく、組織のどこを押したらどう動くかを知り尽くしていた……。

 公明党の書記長、委員長を長年務めさせてもらったおかげで、歴代の総理大臣とも身近に接する機会に数多く恵まれた。いずれもやはり国権の長に上り詰めただけあって、それなりの重みと凄みとを兼ね備えた方ばかりだった。
 また総理大臣に限らず、政官財界の大物と言われる重鎮の方々とおおぜい、長年にわたっておつき合いさせていただいた。
 その上で、これだけは言うことができる。
 それらの誰と比較しても、池田大作氏に匹敵する人物は1人もいなかった、と。
 佐藤氏の人事力は、池田氏に相通じるものがある。田中氏の人心掌握術も然り、だ。三木氏の示した逆境への強さも、池田氏は有していた。歴代総理の有す数々の長所を、一人の人間が内包しているのである。もっとも福田氏の飄々乎ぶりや、大平氏のシャイさは池田氏にはないものであるが。

 「経営の神様」松下幸之助氏にも数回お目にかかったことがあるが、確かに、「これは偉い人やなぁ」と純粋に思った。すでにご高齢だったため、穏やかなお爺さんといった感じで、昔話を聞いていても面白い。話に説得力があるし、包容力もある。だが、「凄い人や」とまでは感じなかった。「偉い」と「凄い」とではやはり、意味が違う。そして私が生涯でただ一人、「この人は凄い」と心底感じたのは池田氏だけである。お世辞でも誉め殺しでもない。学会入信中はある意味、マインドコントロールにかけられていたようなものだったと自分でも思うが、退会してそれが解けた今もそう思う。恐らくこの評価は、終生変わることはないだろう。

 池田大作という人物は、類い稀なるカリスマ性の持ち主である。オーラがある、という表現があれほどピッタリの人を、私は知らない。
 加えて、天才的なオルガナイザーでもある。演説の名人で、堂々たる語り口には誰しも魅了されてしまう。人心掌握術の達人である。また天才的戦略家で、何十年も先の目標を見据え、人を巧みに操って組織を望む方向へ持っていく。その手腕は、誰にも真似のできぬものだ。
 だが反面、究極の内弁慶でもある。内部の人間を前にした時は滔々と演説ができるのに、外に向かっては一転、オドオドと縮こまってしまう。猜疑心が強く、自分を攻撃した人間のことは何十年経っても忘れない。コンプレックスの塊みたいで、その執念深さは想像を絶する。自分に敵対する者への排他性、攻撃性は凄まじいの一言だ。その一方、ざっくばらんでどこか抜けたところがあり、大切なところで信じられないようなミスを犯す。おっちょこちょいの一面もある。

 こうした両極端とも言える特徴が何の不思議もなく、一人の中に同居しているのが池田大作という人間なのだ。
 仏のような面。鬼のような形相。冷徹な事務屋さん。お笑い芸人。哲学者。神秘家……。それらの要素が瞬間瞬間、パッパッと入れ替わる。眼前にいる人間にすれば、まるで万華鏡を見ているようだ。そしてその多面性が、何とも言えない彼の魅力となっている。人を惹きつけてやまない、人間的吸引力を成している。
 元都議会公明党幹事長の藤原行正氏も、「あの人の前に出ると唇がしびれて、喋れなくなってしまう」と言っていた。「あの目でガーッと睨まれると、震え上がって何もできなくなってしまう」と。

 後に学会を離れ、池田氏批判の急先鋒に立つ藤原氏にしてからが、そうなのだ。彼とて九州男児。怒るともの凄い迫力だった。その彼でさえ、池田氏の圧倒的な存在感に対し、率直に恐れをなしていたのである。私はもともと鈍いのか、それともそういう性格なのか、池田氏に対しても、割とズケズケ言いたいことを口にするほうだったので、「あの人を前にして平気でモノを言えるのはお前だけだ」と呆れられたものである。
 ただそんな私でも、確かに池田氏の目には力がある、としみじみ思う。あれだけ力のある目をした人間などまずいない、と。私は池田氏の目をできるだけ見ないようにしていた。見ると、蛇に睨まれた蛙みたいになるからだ。

 1度だけ池田氏から本気で怒られたことがあるが、あの恐怖は今となっても忘れられるものではない。後に詳述する「月刊ペン事件」の渦中にあった1976年12月のことだ。寿司屋に呼び出された私は、1時間弱にわたって事件への対応を巡って延々、面と向かって痛罵された。「お前は信用できない」「インチキだ」最初はなぜ怒られているのかもよく分からないまま、心の底から震え上がったものである。まさにあの目に、射すくめられた形だった。
 会議の席などで池田氏に怒られる学会員の姿をよく見たが、まさに彼らはすくみ上がっていた。ハハーッと床にひれ伏し、ひたすら平身低頭して許しを請うていた。気を失う寸前の者までいた。
 人を呑み込む目。自在に操る目。あの恐ろしさだけは、実際に見た者でなければ分かるものではあるまい。


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